賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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モイーズ監督の解任を受けて

   

マンチェスター・ユナイテッドのデイビッド・モイーズ監督がやはりというか、早くもというか、ついにというか、解任されてしまったらしい。もともと6年契約だったとのことだから、あまりにも想定外に早い。しかも、シーズン終了を待たずしての決断だ(笑)

 

まあ、今季のマンUの低迷っぷりを見ていれば、シーズン序盤から、早くもファンの立場からすれば色々と言いたいことはあっただろうし、実際に多くの人が色々とモイーズ監督を非難する旨の発言をしていたことは、ちょっと調べればすぐにわかる。

 

当然ながら、オレも一応、プレミアリーグの中ではマンUのファンなので(サッカー全体ではレアル・マドリードだけども)、ご多分に漏れず、シーズン序盤から言いたいことはたくさんあった。けれども同時に、なんというか、ここで批判したら負けだろう、という思いが当初からオレにはあった。

 

結果から見れば、というわけでもないのだけど、ある程度、「組織」であったり「戦略」みたいなものについて考えたことがある人は、今季のマンUの低迷っぷりを見て、「そりゃ誰がやってもそうなるよね」といった感想を持ったのではないかと思う。

 

そもそも論として、かの偉大なサー・アレックス・ファーガソン様(神)の後任というだけでも、そのハードルの高さたるや半端ではない。まず、勇気をもって引き受けるという決断をしたという部分だけでも、第一段階として評価に値する。

 

そして、ファーガソンの引退というのは、まさに文字通り、「引退」であって、解任でもなければ、空気を読んで(読まされて)の辞任というわけでもない。つまり、ファーガソンの昨シーズンまでのやり方に、特段の欠陥はなかったはずである(実際、優勝しているわけだし)。

 

だから、これはあらゆる組織マネジメントや戦略論なんかに関する分野で言われていることだけど、すでに上手くいっていることを変える必要はない、というかむしろ、上手くいっているなら絶対に変えちゃいけない、という根本的すぎる原理原則から逸脱してしまったことが、モイーズ監督の敗因のひとつとして挙げられるだろう。

 

だけど、正直それは、いたしかたないという気が個人的にはする。誰だって、ロボットのごとく、ファーガソンの完全コピー的な指揮をしたいとは思わないだろう。どうしても、“独自の色”を出してしまいたくなるものだ。それが吉と出るか凶と出るかは、神ならぬ身にはわかるはずもない。

 

何やら、言いたいことが不明瞭になってきたような気がするけど(笑)、要するに、今季のマンUを見て、簡単にモイーズ監督を批判してしまうというのは、なんというか、少しばかり思慮に欠けた行為ではないかという思いがオレの中でどうしてもある。

 

「じゃあ、他に何が原因だというんだ!」と問われたら、オレも答えを用意できないのが苦しいところではあるけれど、逆に言えば、今季のマンUは誰が監督をやっても、変にいじって自滅して、その挙句に批判される、という流れは不可避だったように思う。そういう意味では、貧乏くじを引く勇気を見せてくれたモイーズ監督にはある程度の敬意を表するべきだとすら個人的には思っている。

 

まあ、いずれにしろ、随分と「やらかしてくれた」ことには違いないので、後任に期待するとしよう。そして、香川の出番が増えるなら、日本人としては素直にうれしいところ。

 

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