賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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ビジネス系の大学院ほど無意味なものはない

   

オレは基本的に、日本の大学教育の在り方にはかなり否定的なのだけど、さらに大学院、とりわけビジネス系の大学院には本当に意味がないと思っている。ざっと考えてみても、ビジネス系の大学院を卒業した人で魅力的な人物というのを、有名無名問わずまったく知らないし、聞いたこともない。

 

何故オレがこのような思考に至ったのか。

 

それは、かつてオレがまだ大学生だった頃に、学生が主導してやっていくマーケティングのプレゼン大会みたいなものがあって(今でもあると思うけれど)、それを観に行ったときに、ゲスト審査員といった感じで大学院生が何人かいて、それぞれ大学生達のプレゼンに対して少しばかりコメントしていたわけだ。

 

そこで、オレの中で非常に印象的だったのは、大学院生のコメントの方向性が、なんというか、ちょっと普通じゃあり得ないぐらいつまらなかったということだ。

 

何がそんなにつまらないのかというと、やれ分析の手法がどうだ、データの取り方がどうだ、論理の整合性がどうだといったような、ある種のアカデミックな“手続き”に関するものばかりで、正直言って、お前ら本当に大学4年間に加えてさらに院まで行ってビジネスの勉強してんのか、といった感想しか出てこなかった。

 

しかし、よくよく考えてみればこれは当たり前で、彼らは確かにビジネスを学んでいるけれども、それは自分がビジネスを起こしたいだとか、職業スキルを高めたいとか言ったような動機からのものではないのだ。彼らはあくまで、「いかに良い論文が書けるか」という一点において日々戦っている存在なのである。

 

ここに、オレが思う「つまらなさ」がある。

 

そもそも論として、ビジネスというのは学術的価値を追求していくような分野ではない。まさに、学校のおべんきょーだけしていても意味がない分野の典型である。それが証拠に、いくらかの大学院生はいずれ研究者として大学に残り、そのかたわら教鞭をとることもあるだろうが、そういう人間の授業のなんとつまらないことか。そして、多くの場合、実際の現場ではほとんど役に立たない。

 

素朴に考えて、数字の処理とデータの分析で物が売れるようになるわけがあるか、という話だ。博士号やその他の“ご立派”な経歴をお持ちの大学教授の皆さんが実際にビジネスで財を築き上げたという話はあまり聞いたことがない(事例としてある程度はいるのだろうが、まさに統計上有意なものではないレベルだ)。

 

世の中には、学術的な価値を追求することに意義のある分野とそうでない分野というものがある。ビジネスの場合、結局のところ、自分で実際に検証してみないことには意味がない。というか、何もわからない。教えられた知識を全てマスターすれば一人前という類の話では決してない。何らかのフォーマット通りに手順を踏んでやれば誰でも上手くいくというものでもない。

 

そういう意味で、オレはビジネス系の大学院ほど無意味なものはないと思っている。もし、ビジネスを自分で主体的に創り上げたいと思っているなら、絶対に近づいてはいけない場所のひとつだろう。

 

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