賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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初めましてのご挨拶と概要のようなもの

   

本日より、ブログを始めることをここに宣言いたします。
まあ、ブログの開始をそのブログで宣言するほど無意味なこともない気がするけどそれはそれとして(笑)

 

ブログのタイトルは『賢哲なる恣意性』。
ちなみに、「けんてつなるしいせい」と読みます。

 

って、何やらよくわからないタイトルを冠しているなあ、という自覚がオレ自身にも多少あるので、使われている言葉の意味や全体の由来を簡単に説明しておこう。

 

まず、「賢哲」というのは、物書きの強い味方(笑)である国語辞典の力を借りると、

【1】賢人と哲人。
【2】かしこくて物事の道理に通じていること。また、そのような人や様子。

という意味が載っている。

 

これは決して、オレ自身が現時点でそのようなレベルの高い人間であるなどと調子に乗って自惚れているわけではまったくなくて、どちらかと言えば、目指すべき在り方、というかオレ自身の「そういった知性のある人間でありたい」という願望の表れとして選んだ言葉である。当たり前だけど、一応、念のため。

 

また、「恣意性」というのは、本来、言語学の用語で、「シニフィアンとシニフィエの間にはなんら必然性はない」という性質を表す言葉なのだけど、これだけだとさすがに普通の人にとっては意味不明だろう(笑)

 

というわけで、なるべく専門性を排除した普通の日本語で説明すると、大まかに「何らかの言い表したい概念があって、それを表現する言葉の選び方はオレの一存で自由自在に決める」という意味になる。もっと言えば、「どんな概念をどんな言葉で言い表すかは、オレが好き勝手に決める」ということ。

 

まあ、少しばかり格好つけて言ってしまえば、桐峰矜の「独自の切り口」で書いていくブログなのだという意志表明でもあり、そういう認識で多くの人に読まれたいという願望の表れでもある。

 

つまり、『賢哲なる恣意性』を簡単な言葉で言い換えると、「かしこい好き勝手」という意味になる。何やら随分と気の抜けた感じになってしまったけれども、概ねオレが伝えたいことは上手くまとまっている。

 

なんというか世の中には、一時期話題に上ったように、コンビニの冷蔵庫に入ってみたり、裸でジェットコースターに乗ってみたりなどといった「バカな好き勝手」を体現する、はた迷惑な人間が少なからずいる。

 

一方で、本質的には非常に真面目かつ勤勉で、そうであるが故に思考の自由度が低く、良い意味での奇抜な発想、斬新な発想というものがどうしても出せないようなタイプの人間もいる。

 

そんな中で、オレが目指すのはその中庸である。一番バランスの取れた良いとこ取りとも言えるが(笑)

 

つまり、「人間」として生きる以上、「かしこさ・知性」を求めるのは当然の姿勢であるし、また、一方で、いくら社会的な存在としての人間と言えども、根本的に「生き物」として当たり前のように自由な存在であるべきだという思いがオレの中にはどちらも等しく重要な感性としてある。

 

つまり、この『賢哲なる恣意性』は、そんな事を日々あれこれ考えている桐峰矜が執筆するブログなのだということを理解していただければ問題ない。

 

ちなみに、扱う話題はノンジャンル縛りとなっております(笑)
まあ、言ってしまえば、およそ桐峰矜が興味のあること全てであると。

 

そんなわけで、これから、皆様に対して少しでも有益な知見、新たな視点、物の考え方、発想の切り口などを提供できたらと思ったり。

 

そして、このブログ『賢哲なる恣意性』を末永くご愛顧いただけたら望外の喜びであるなど。

 

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