賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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就職に困って大学院に行くというジリ貧

   

昨今の、というか、時代にあまり関係なく、日本の社会の在り方として、一般的な大学生の就職活動にはどうにも「新卒」という要素が非常に重要視されているようだ。そして、就職しようと望む側も「新卒」で就職できないことを過度に恐れている節がある。

 

これはもう日本という国の“体質”というか、「失敗を許さない社会」、より正確に言えば、「一度脱落するともう真っ当な道に戻ってこられない社会」とでもいうべき風潮が根底にある。

 

もちろん、そういった風潮それ自体が非常に問題のある社会構造を作り出してはいるのだけど、それに対して文句を言っていても始まらない。というより、いくら文句を言ってもそれで変わるようには社会ができていない(笑)

 

そんな中で、ひとつの逃げ道というか、次善の策として、大卒での就職を諦めて大学院に進学し、2年後の求人市場で再び戦おうという道を選ぶ人もちらほらいるらしい。これはもう正直、不毛でしかないと個人的には思う。

 

そもそも論として、今後、産業が発展していく方向性を考えたら、どう考えても企業側の雇用枠が減ることはあっても増えることなど到底期待できない。(このあたりは『アイデアの源泉』という記事に詳しく書いているので是非)

 

そうなれば、今だけその場しのぎ的に2年間の猶予を得たとしても、まさにその2年後において状況が好転しているとはどう考えても思えないだろう。

 

さらに、雇用する側の立場で考えても、大学院生に対する印象として、やはり新入社員に期待するところである「フレッシュさ」や「どこにも染まっていない感」は見出しにくいだろう。逆に、実践的なスキルは乏しいが無駄に頭でっかちなのではないか、といった危惧を当然ながら抱くはずだ。

 

かつて、『ビジネス系の大学院ほど無意味なものはない』という記事でも書いたけれども、大学院というのは普通に一般的な企業に就職してその業務に貢献したいと望む人間がいくような場所では決してない。

 

あくまで学術的な好奇心から目指すべき場所であるべきだ。(個人的には大学ですらそうだと思っているのだけど社会の構造上あまりそのように「正しく」機能していない)

 

そして何より、当たり前だが、学費だってタダじゃないということだ(笑)

 

かたや大卒で就職する。かたや大学院卒で就職する。両者の間には、2年分の給料+2年分の学費に相当する額の金銭的な差が生まれるのだ。これは、とてもじゃないが無視していい差ではない。(しかも、院卒の方が大卒より報酬が高いという話もあまり聞かない)

 

結局、時間稼ぎだと自分では思っていても、実は時間の無駄だなんてことになりかねない。

 

問題の先送り、消極的な延命措置、現実逃避、何と言ってもいいのだけど、こういった行動の先に待っている未来はいつも決まっている。

 

そう、今よりも確実に状況は悪くなるのだ。

 

この難しい時代にあって、なかなか思うように望んだ雇用枠を勝ち取ることができない人も多いのだろうけれども、個人的には、どうやって人に雇われようかというその思考がまずもってジリ貧なのだということを理解してほしい。

 

そして、その思考から根本的に抜け出せない限り、その悩みはきっと、2年後も同じようにあなたを悩ませることになるだろう。

 

 - 人生設計