賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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お手軽に論理性を鍛えるには大学入試の現代文がちょうど良い

   

日本の大学教育に対して普段からかなり否定的な考えを幾度も述べているオレだけれども、その前提にある「大学入試」ひいては「受験勉強」に対しては非常に肯定的な立場をとっている。本当に皮肉なことに(笑)

 

オレ自身、いわゆる“浪人”という立場を経験したこともあって、「受験勉強」というものに対する思い入れはそれなりにあったりする。

 

何というか、「一年間ずっと勉強以外しなくていい」というのが親からも世間からも当たり前のように許されているあの雰囲気というのはかなり独特で、後になって冷静に考えてみると、一般的な感覚からは非常に逆説的に聞こえるかもしれないけれども、浪人生活というのは人生の中で最も楽な時期だったのではないかとさえ思えてくる。

 

さて、そんな思い出話はどうでもいいとして、「受験勉強」の効能についてである。

 

学者や研究者などの特殊なケースを除けば、大学入試などという大きな目的でもない限り、日本語・英語どちらにおいても、硬質な評論文を短期間で大量に読むなどということはまずないだろう。

 

だからこそ、そういった普通の人ができない(やらない)レベルで数多くの論理的な文章に触れざるを得ない環境というのは、学習者の論理的思考力をある程度の水準までは否応なく引き上げてくれる。(そこから先はセンスと情熱によるが)

 

そんな受験勉強の科目の中でも、とりわけお手軽に論理性を鍛えることができるのが現代文である。

 

英語や数学、更には物理学などの科目も本来とても論理的な体系なのだけれど、それらはなんというか、「論理」の段階に行けるようになるまでの前提としての「理論」の部分をきちんと理解するのが素人には非常に難しい。だから、本気の受験生でもない限り、気軽に手を出してしまっては討ち死が必至である(笑)

 

それに比べて、現代文の場合は、まあ何だかんだと理屈を並べてみても結局のところ「日本語で書かれた文章」であることは疑いようもない事実である。そう考えると、やはり素人が思考訓練の材料として選ぶには適している。入門のストレスが非常に少ないからだ。

 

また、ひとつの文章を読んで問題を解くのにかかる時間が多くの場合30分程度だというのも大きな魅力だろう。

 

正直、分厚い本なんかをちょっとばかり根性見せて買ってみたは良いものの、最初の数ページで脱落して本棚の隅で埃を被っているなどという悲しい経験が誰にでもあるのではないだろうか。何を隠そう、もちろんオレにもある(笑)

 

そういった悲劇を回避する意味でも、たった一握りのモチベーションのみで完結できる約30分という分量は非常に取り組みやすい。たとえ何ヶ月も何年も強靭な意志でもって継続することができなくても、やればやっただけ論理性は鍛えられる。

 

とは言うものの、いくら現代文の問題が論理の訓練になると言っても、本当にただ「ぼーっと」読んでいてはさすがにどうにもならない(笑)

 

もし、あなたがこれから現代文の問題に取り組んでみようと考えるなら、ひとまずの入門的なアプローチとして少なくとも以下の二点に注意してほしい。

 

1.「逆接」がきたら脳ミソのスイッチを入れる。
2.常に辞書を手元に置いておく

 

ひとまずはこのふたつを意識するだけでもかなり違う。

 

ちなみに「逆接」とは「だが・しかし・けれども」のような接続詞のことである。「パラドックス」という意味の「逆説」とは漢字も違うので誤解の無きよう。

 

そして、我々は別に受験生ではないのだからカンニングは許されている。語彙を正確に認識していないと論理というのは扱えないので、思考訓練という場において辞書は必須アイテムである。

 

このような意識を持って大学入試の現代文に挑んでみると、なかなか良い論理トレーニングになるだろう。

 

オレ自身の経験から考えると、おそらく約3ヶ月後には、あなたの論理的思考力は見違えるほどに向上しているはずだ。

 

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