賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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少年漫画と少女漫画のラブコメ観の違い

   

ジャンプ、マガジン、サンデーなどに代表されるいわゆる少年漫画と、マーガレット、りぼん、デザート、Sho-Comiなどに代表されるいわゆる少女漫画には、恋愛を主なモチーフにする作品の王道的な展開において明確に異なる特徴がある。

 

それは、作品内で「恋愛におけるどの段階に比重を重く置くか」という点なのだけど、少年漫画のラブコメにおいては、主人公とヒロインが作中で交際に至るまでの過程に非常に重きを置く(=巻数を使う)のに対して、少女漫画においては、主人公とヒーローが交際を始めてからの日々に非常に重きを置いている傾向にある。

 

もちろん、すべての作品がそうだとは言えない。当然ながら例外もいくつか(いくつも)あるだろう。けれども、全体として見た場合に、やはり圧倒的多数の作品でこのような傾向が見られる。

 

この事実はなかなかに面白いなと個人的には思う。

 

ここから自然に導き出される推論として、ひとつ言えるのは、「そもそも男性と女性とでは、読みたいラブコメの方向性が決定的に違う可能性が高い」という事だ。もっと言えば、男性と女性では恋愛(というよりまず異性との関係性)において求めているものが根本的に違うのではないかとも思える。

 

具体的にどういう事かというと、男性は基本的に「可愛い女の子と仲良くなりたい」という願望を(建前はどうであれ)ある意味で普遍的な性質として誰しも持っているのだろう。それはつまり、一見すると逆説的に聞こえるかもしれないけれども、関係性としての「一対一の恋人同士というポジション」には実はあまり強い憧れはないという事でもある。

 

その一方で、女性は多くの場合「たった一人の恋人がほしい」という願望、ひいては「その恋人と素敵なデートがしたい」という憧れが本質的にあるのだろう。

 

このあたりの男女間の異性に対する願望というか需要の差が、それぞれのラブコメ作品のストーリー展開に如実に影響を与えていると考えられる。

 

まあオレ自身、漫画やライトノベルなどを結構よく読む方だと思うけれども、本当に多くの作品が驚くほどにこのような傾向を持っている事に気が付く。

 

このあたりは非常に興味深い事だなと思う。

 

まあ、単純に読者の需要という側面だけではなくて、それぞれの作品の作者自身が普段見慣れているストーリー展開を無意識のうちにテンプレートとして頭に入れてしまっているというのも要因として考えられるかもしれない。

 

やはり、少年漫画の作者は普段から少年漫画を、少女漫画の作者は普段から少女漫画を読むことが多いであろうから、自然と感性が寄っていくというのも当然の事として頷ける。

 

そういう意味では、同じ雑誌の連載作家さん同士だとやはり大きな流れのストーリーの方向性だけでなく絵柄も結構似ているなと感じることが意外と多いというのも、このあたりで説明が付きそうではある。

 

そう考えると、逆に、少年漫画家は少女漫画を、少女漫画家は少年漫画を普段からもっと読むようにすれば、かなり新しい感性というか気付きがあるのだろうなと思う。

 

まあ、いずれにしても、この「ラブコメ観」というひとつの例だけを取ってみても、男女間の恋愛ひいては異性に対する考え方というのはお互いになかなか乖離があるなあといったところである。

 

とても難しい、故に面白い、しかし難しい。

 

このせめぎ合いは人類に二つの性別がある以上は永遠のものなのだろうなと思う。

 

 - 物語論