賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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政府に期待すること、しないこと

   

「あなたは政府に何を期待してその政党に投票したのですか?」と問われて、何の戸惑いもなくすらすらと返答できる人はそう多くはないだろう。選挙のたびに一喜一憂しているような政治に“熱心な”人々でさえ、実は自分が政府に何を望んでいるのかわかっていない。

 

いや、より正確に言えば、「わかっていない」というよりは「絞り切れていない」というのが適切だ。

 

まあ本当に極論を言ってしまえば、政治に対するスタンスというか思想などというものは完全に個々人の自由なので、別に政府に対して何を期待していても良い。それはもう、好きにしたら良い。けれども、本質的に、政府に期待「するべきこと」と「するべきでないこと」というものがあるのではないかと個人的には考えている。

 

桐峰矜が考える政府に期待するべきこと、それは「治安・国防・外交」である。この三つのみだ。他の要素については一切の期待をしない。

 

とはいえ、「一切の期待をしない」などと言ってしまうと少し誤解を生むかもしれない。これは別に、「政府なんて無能なんだから何の期待もできねえ」みたいな頭のおかしい発言をしたいわけでは決してなくて、この最重要な三つの要素の他は、結局どのような政策を政府が選ぼうと、生きていく上では常に自分自身の日々の努力が要求されてくるものであって、むしろ「期待する」という他力本願な思考ではリスクが大きすぎるという判断から発した言葉であると理解してほしい。

 

さて、というわけで改めて、オレが政府に期待するのは「治安」と「国防」と「外交」である。

 

まず、この三つの要素がそれ以外と大きく異なる点は、「個人や私企業の努力ではどうしようもない」というところである。逆に、この三つ以外の要素は自分自身の努力や周囲との協調関係などによって現状に対して何らかの影響を与えることができる。

 

経済政策などはまさにそうであって、どの政党が政権を取ろうと、どんな政策が実行されようと、最終的には自分の財布の中身は自分で頑張って守るしかないという結論に至らざるを得ない。だからこそ、「政府は一体、何をやっているのか」みたいなサムい事を言ってしまいがちな人々がしばしばメディアでは目立ったりするけれども、そんな事を言っている暇があったら、お前がもっと頑張れよと思ったりする。

 

そこを踏まえると、やはり「治安」「国防」「外交」に関しては政府に任せるしかないので、必然的に期待せざるを得なくなる。

 

街がきちんと安全なのかどうか、インフラがきちんと整備されているのかどうか、諸外国の軍事的脅威からきちんと国を守る事ができているのかどうか、諸外国から理不尽な要求を飲まされていないかどうか、歴史認識を著しく誤っている国に対して毅然とした態度で意思表明できているのかどうか、などなど。

 

こういった事はやはり政府という組織でなければ絶対にできない事なわけだから、当然の事として期待をする。まあ、「期待をする」というよりは、いち有権者の立場として「慎重に考えてきちんと選ぶ」と言った方がより正確か。

 

いずれにしても、政府には「何を期待し、何を期待しないのか」というスタンスをきちんと明確にしておく事が重要だ。そうでなければ、漠然と勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって、勝手に不毛な文句を言うという事になりかねない。

 

他力本願は極めて危険だ。自分で何とかできる事はできる限り何とかする。その上で、自分の力だけでは何ともならない部分だけを政府に期待するというのが最もフェアな姿勢であろうと思う。

 

 - 思考