賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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ダイエットのノウハウは何故いくつも世に出ては消えていくのか

   

世の中には不思議と繰り返されるサイクルというものがある。いつの間にやら流行し、いつの間にやら忘れ去られていく。あっちが流行れば、次はこっちが流行る。まさに、そんな現象の最たるものがダイエットのノウハウだろう。今も昔も願望として普遍的だからだろうか。

 

これまで、世に出てきたあらゆるダイエットのノウハウというのは、すごく乱暴に(というか大雑把に)分けると、大きくふたつの方向性が見てとれる。ひとつは「食事」に関するもの。もう一方は「運動」に関するもの。もちろん細かく分ければキリがないし、このふたつを融合させたようなものや、あるいは例外的にどちらでもないものなども当然ある。しかし、基本的にはこのどちらかの方向性だと考えて良いだろう。

 

さて、ここからが本題だ。タイトルにもあるように、何故、いくつものノウハウが世に出ては消えてを繰り返すのだろうか。

 

色々と理由はあるだろうが、端的に言えば、「効果が高いものほど実行(継続)が困難だから」である。結局のところ、これに尽きる。

 

そもそも、人間というのは、「つらい努力は決してしたくないのに、望むような結果だけはほしい」という、文字に起こして改めて見てみると完全にバカとしか言いようのない思考を抗いようもなく持っているものなのだ。もちろん、こんな事を偉そうに述べているオレ自身も持っている。(当然ながら頑張って避けようとしているが)

 

だからこそ、一見して実行が容易なように思えるものにまずは手を出す。そして、そういうものほど効果は薄い場合が多いので、次を探すという事になる。

 

ここに振り子のような繰り返しが現象として出てくる。

 

「歴史は繰り返す」などとはよく言われる事だが、なぜ繰り返すのかと言えば、そもそも抽象的なレベルで「運動」というものには必ず「反動」というものが付き物だからである。永遠に一点に止まり続けているのでない限り、必ずどこかで折り返して逆ベクトルに向かう。まあ、時代の流れというものを考える場合には、単純な振り子運動ではなく「螺旋運動」に近いものとして捉えるのがより正確か。

 

ともあれ、この事をダイエットのノウハウ探しという文脈に当てはめてみる。すると、まずは例えば「朝バナナ式ダイエット」のような「食事」に対するアプローチを探してみる。しかし、なかなか思うような効果が得られない。次に幾つかまた「食事」に対するアプローチを探す事になるが、効果がイマイチである。

 

(ここで少し補足すると、そもそも「食事」へのアプローチは何故あまり効果が出ないのかというのは、詳しい理論は本記事の主題じゃないので省くけれども、空腹の状態で消費しているのは筋肉であって、別に脂肪が燃焼しているわけではないからである)

 

そうなると、今度は例えば「ビリーズブートキャンプ」のように「運動」にフォーカスしたノウハウを求める。これらはきちんと実行すれば効果は非常に高い。けれども、少し考えてみるとわかるのだけど、そもそも普通に生活していたら太ってしまったような人達にとって「ダイエット効果が得られるレベルの運動」というのは相当ハードに感じるはずなのである。

 

実はオレ自身、高校時代の体育の授業でビリー隊長のエクササイズをやってみた事があるのだけど、正直に言って、あれはもはや「ダイエット」ではない。完全に「筋トレ」である。ビリー隊長の体格を見れば一目瞭然だが(笑)

 

筋肉を維持するためには脂肪が燃焼されるので、筋トレはダイエットに対して非常に効果が高いのだけど、それを理解してもなお、きちんと実行し継続するのは極めて困難であろうなと思う。

 

こうして、「簡単なものは効果が薄い」、「効果のあるものは実行(継続)が困難」というふたつの課題が永遠に解決され得ぬまま、時代の反動を受けながら繰り返されていくのである。

 

当然、中には要領良くノウハウを活用して痩せられた人もいるだろう。しかし、唯一にして絶対的な方法論が体系化される事なく、時代の反動に影響されながら、様々なノウハウが世に出ては消えてを繰り返すという事は、人々の実感として「これじゃない感」がずっとあるのだろうなと思う。

 

人間の体の構造も、食べ物の質も、運動の種類も、昔からそうそう変わっていない。ノウハウだけがいくつも世に出ては消えてを繰り返す。

 

人間の欲求とはある意味で滑稽である。

 

それを「しょーもねー」と言って唾棄するか、ビジネスチャンスと捉えるかは、当然ながら、あなた次第だが。

 

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