賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

*

形容詞=限定詞という事の本質的な意味

   

言語学や文法理論などに対して特に強い興味などなくても、「形容詞」という言葉ぐらいは誰しも聞いた事があるだろう。しかし、この「形容詞」というものが本質的にどういう働きをするものなのか、というのは意外とあまり理解されていない気がする。

 

まず、日本語における「形容詞」は形の上では「――い」と一般に表記されるものだけだという事になっている。そして、「――な」、「――だ」のような形になるものは「形容動詞」というあまりにも意味不明な名称によって別物として分類されている。けれども、このどちらも文法的な役割としては本質的には同じものである。だから、本記事ではこの両方を含めて「形容詞」という定義で使っていく。

 

さて、「形容詞」という言葉は聞いた事があるから誰しも知っているだろう。けれども、そもそも「形容する」とは一体どういう意味なのだろうか。辞書を見てみると、「物事の姿・性質・状態を言い表すこと」と出てくる。まあ予想通りか。

 

しかし、これだけでは、タイトルにもあるように、なぜ「形容詞」が「限定詞」であるのかという疑問がまだ解けないであろう。

 

「限定」という言葉はもはや説明するまでもない。「先着100人限定!」とか「夏季だけの限定販売!」みたいなフレーズはいたるところで目にするだろう。では、この「限定」という言葉は本質的に何を意味しているのだろうか。

 

「限定」という言葉(概念)の本質とは、「何かに対して『そうであるもの』と『そうではないもの』を明確に分けて、『そうであるもの』だけに焦点を当てる」という事である。少し観念的な言いまわしだけれども、きちんと理解できるだろうか。

 

例を出そう。道の向こうから5人の男が歩いてくる。彼らの身長はそれぞれ167cm, 171cm, 165cm, 194cm, 172cmである。ここで、「あの背の高いアイツ」という言葉が出たとすれば、それが持つ意味は当然ながら明確である。つまり、「5人の男に対して『背の高い者』と『そうではない者』を明確に分けて、『背の高い者』だけに焦点を当てる」という事が成り立っている。この文脈において、「背の高い」という形容詞は「限定」という働きをきちんと果たしている事になるのだ。

 

別の例を出そう。余市・宮城峡・竹鶴・山崎・白州・響のボトルがそれぞれテーブルの上にある。知らない人のために一応述べておくと、これらは全てウイスキーの銘柄である。そこで、「日本産のウイスキーを取ってくれ」という言葉が出たとすれば、その言葉はまったく意味をなさない事になる。何故なら、この6銘柄は全て日本産だからである。つまり、「6種類の銘柄に対して『日本産のもの』と『そうではないもの』を明確に分けて、『日本産のもの』だけに焦点を当てる」という事がまったく成り立っていない。この文脈において、「日本産の」という形容詞は「限定」という働きをまったく果たしていない事になるのだ。

 

さて、このように、「形容詞」とは「限定詞」だと言える。「物事を形容する」という事は本質的には「何かに対して『そうであるもの』と『そうではないもの』を明確に分けて、『そうであるもの』だけに焦点を当てる」という事とイコールなのである。

 

当ブログのみならず、あらゆるところで普段から幾度も言っている事ではあるけれども、「少しでも言葉というものに対して誠実でありたい」、加えて、「あなたにもそうであってほしい」という思いのひとつの具体例として本記事は書いている。

 

これからも幾度もそんな記事を書いていくだろうけれども、少しでもあなたに伝われば良いなと思う次第である。

 

 - 言語論