賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

*

アイデアの源泉【後編】

   

この記事を読む前に、こちらの記事で背景というか前提を理解しておくとわかりやすい。

 

アイデアの源泉【前編】

 

さて、リンク先記事の続編にあたるのがこの記事である。取り組むべき課題は「いかに他者との差異を際立たせ、自己の価値を高めるか」という部分。そしてまずは、何はなくとも「差異=価値」である。数学の公式のごとく暗記すべし(笑)

 

とは言うものの、「差異」こそが「価値」の源泉であることは理解できても、実際に「差異を際立たせる」(ひいては「価値を高める」)というのが本質的にどういうことなのか、まだイメージとしてあまりうまく捉えきれていない人も多い気がする。

 

というわけで、スムーズな理解のための助けとして、次のような場面を想像してほしい。

 

ある街で、あなたは牛丼を食べたくなったとしよう。すると、ちょうど目の前に「松屋」と「吉野家」と「すき家」が隣り合って並んでいた。さて、あなたは一体どの店に入るだろうか。

 

それぞれ、ひとつ選んで頭の中に思い描いている店があるだろう。ちなみに、オレ自身の個人的な話をすれば、この場合は「松屋」に入る。何故なら、みそ汁が無料で付いてくるからだ。また、PASMOやSuicaによる支払いが可能である点も理由として大きい。

 

「そんなどうでもいい理由か」と思うなかれ。このように、「松屋」には「みそ汁の有無」と「電子マネー利用の可否」という点において、他の二店とは明確に「差異」があるわけだ。当然ながら、この「差異」をメリットであると認識したのはオレ個人の主観である。皆様の中には、この二点においては特段の比較優位性は見出せなかったという人も当然いると思われる。そして、オレとはまた違った何らかの「差異」をメリットと認識し、それを根拠に他の店を選んだであろう。

 

なるほど、言われてみれば当たり前なのだけれど、こういった特に意識しなければ気付かない細かな「差異」をも我々は「価値」として認識しているのである。しかし、当たり前だがこの程度では到底弱い(実際これではまだまだコモディティ商品の範疇であり、価格競争から逃れられるレベルではない)。

 

さて、「差異を際立たせる」という話に戻ろう。上で挙げた例はいわば「差異」の最小単位である。当然ながら、「差異を際立たせる」ためにはそれを増やしていく事が求められる。つまり、このようなほんのわずかな「差異」のいくつもの積み重ねがやがて大きな「価値」になっていくわけだ。

 

ここまでは、なんというか、ある種の「理論」の部分に近い話が続いたけれども、ここでまた少しガラッと話を変えることになる。一見すると唐突に思えるかもしれないのだけど、非常に重要な知見を提供するので是非ともついて来てほしいところ。

 

そんなわけで、ここからしばしの間、「インプット」と「アウトプット」について軽く述べる。

 

「インプット」、「アウトプット」と聞いて、電極や端子などが頭に浮かんだ人もいるかもしれないが(笑)、この文脈で言う「インプット」や「アウトプット」はあくまで比喩であって、それぞれ、

「情報・知識・経験などを頭に入れること(≒理解し、記憶すること)」
「情報・知識・経験などを世に出すこと(≒話す・書く・実践すること)」

という意味である(この注釈も不要なほど現在ではポピュラーな表現だがw)。

 

さて、まずはこの「インプット」と「アウトプット」に関して語るうえで、確実に理解しておくべき非常に重要な大前提がある。それは、よほどの天才か、もしくはある種の突然変異的な場合を除いて、「インプットしていない概念・事象・経験をアウトプットすることは不可能」だということである。「なんだ、そんなことか」と思うなかれ。この大前提が根本的に意識できていないと、この後の記述が意味をなさない。

 

そもそも、社会の中で他者が「価値」であると認識できる要素というのは、実はほとんど例外なく誰かの「アウトプット」の産物なのである。それは、比較的わかりやすい製造業や物流業などの目に見える産業から教育や情報などの広い意味でのデータ産業に至るまで、全ての「価値」について言えることだ。

 

つまり、逆に言えば、「インプット」それ自体は(その本人にとっては意味があっても)他者にとっての「価値」にはならないのだ。いくら勉強しても試験の点数に反映されなければ(出題者からの評価として)意味がないのと同じように。

 

さて、ここまでの説明の流れを感覚的にでも理解できれば、「価値」が発生するポイントは「アウトプット」の時点であり、またその前提として「インプット」したものでなければ世に出すことはできないということがわかるであろう。

 

そこを踏まえて、もう一度、最初の「自己の価値を向上させるには」という話に戻ろう。言い換えれば「他者との差異を際立たせるには」である。

 

繰り返しになるが、まず、「インプット」の質が「アウトプット」の質を決めるというのは感覚的にも理解しやすいだろう(「インプット」したものしか「アウトプット」できないのだから)。そして、「差異=価値」であるという点もくどいほど繰り返した。

 

さて、もう既におわかりであろう。上の二点を三段論法的につなげれば、答えが出る。

 

すなわち、自己の価値を高める唯一の方法は、「他者と異なるインプット」を日々繰り返すことである。これがやがて独自のアウトプットを生む。そして、この「アウトプット」というのが前の記事から一貫して続いている主題である「アイデア」というものに他ならない。つまり、「他者と異なるインプット」というものこそが唯一にして最大の「アイデアの源泉」なのである。

 

さて、ではこの「他者と異なるインプット」という言葉、一応の概念というか言いたいことはなんとなくわかるのだけど、具体的にどのような方法によってなされるのか。そのイメージがなんとも掴み難いところだろう。

 

まず、単純に「インプット」というのは定義上、「『世界に存在している事象』を『自分の視点』を媒介して脳内へ」という方向性のものだというのは容易に理解できる。であれば、当然ながらそこには二種類のパターンがある。

 

それは、まず第一に、「『何を」インプットするのか」という点である。つまり、『世界に存在している事象』にフォーカスしてみた場合、そもそも他者とは異なる事象をインプットするのであれば当然ながらそこに他者との差異(=自己の価値)が発生する。

 

そして、もう一方で、(こちらがより重要なのだが)「『どのような視点で』インプットするのか」である。つまり、こちらは「事象そのもの」ではなくて、『自分の視点』にフォーカスするのである。これは一体どういうことか。

 

身も蓋もないことを言ってしまえば、「同じものを見ていても人によって感じることは違うよね」というアホのように単純な真理がこの文脈における正解である。もしくは、「平凡なものを非凡な視点で見る」と言い換えてもいい。つまり、インプットの対象ではなく、主体としての自分自身を差別化するのである。

 

では具体的にどうするのか、……というのは説明が難しい。しかし、この「自分自身の視点を差別化する」という意識を持っているだけでも随分と違うはずだ。決して面白いものを選んで見るのではない。普通のものを意識して面白く見ることが重要なのである。

 

さて、以上がオレの考える「アイデアの源泉」である。そして、その必要性を理解するための前提や背景も併せて述べてきた。

 

もちろん賛否両論はあるだろうけれども、少しでも考えるきっかけを与えることができていればオレの役割としては充分である。むしろ賛否がどちらもない方が書き手としてはキツイ(笑)

 

この現代というのは、非常に変化の激しい時代であるとはよく言われることだ。そんな時代において、求められるのはやはり独自性、ひいては創造性に満ちたアイデアを数多く生み出して、それを実際に形にできる人物だろう。端的に言えば「変態」である(ここにきてようやく前の記事の冒頭につながったw)。

 

本記事がそんな時代を形作っていく一助になれば幸いである。
と、最後は随分と大きく出て締めくくってみる(笑)

 

 - 思考