賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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クリエイティブな観点から価値観の枠を広げるために

   

価値観の許容域を拡張することこそがまずは創作活動の第一歩だ。ここでいう創作活動とは、わかりやすくイメージできるような芸術や映画や音楽や文芸だけではない。およそ人間のクリエイティビティが発揮されうるような営み全てである。

 

一般的に人は自分の今までの学習や経験によって無意識に形成されてきた基準によって価値判断をする。そして多くの場合、無意識だからこそ、良し悪しの判断と好き嫌いの判断をしばしば混同してしまう。

 

しかし、それではいけない。

 

例えば、現在の時点でまだオレが知らないジャンルにもきっと「良きもの」という概念を体現している要素が数多くあるはずであって、そうした「良き出会い」に自ら背を向けるなんてどう考えても非常にもったいない。

 

だからこそ、理解できないものを脊髄反射で否定するような人間にだけはなってはいかんだろうなと思う。

 

ただし当然ながら、必ずしも全てを肯定する必要はない。ただ許容し、吟味し、いつか選び得る可能性として脳内に留めておく。そして、それがいずれ糧になるのだと信じるだけでも幾分救われる。

 

そういった論点において、やはり自分が関わるジャンル以外からのインプットを(質・量ともに)いかに増やすかが勝負の分かれ目になるだろうなと改めて思う。

 

オレは別に宮崎駿のファンでも何でもないけれども、「アニメばっかり観ているようなヤツが創ったアニメはろくなものにならない」という主張にはそういう意味である程度の共感はできる。(うろ覚えなので、もしかしたら宮崎駿の発言ではない可能性もあるが)

 

いずれにしても、人は多くの場合、100点を本気で目指してようやく80点90点に届くかどうかの勝負ができるレベルになるものだ。だったら、最初から200点300点のレベルが要求されるようなジャンルで修行したら良い。その上で、100点を目指す土俵で戦えば良い。そうすれば、少なくとも120点くらいのレベルには容易に達するはずだ。

 

そもそも意外と世の中には応用力のない人間が多い。せっかくある分野で200点300点の実力を身に付けているのに、その土俵でしか勝負ができない。いや、できないというよりしようとすらしていない。できるという事を理解してもいない。

 

視野をあと少し広げるだけで見える世界がかなり変わるのになあと多くの人を見ていて感じる。

 

やはり、自分の頭できちんと価値基準を更新というか再構築するという努力を怠ってはいけないのだろうなと改めて自戒も込めて思うのである。

 

自分が勝手に決めた殻に閉じ籠ってはいけない。居心地の良さに甘えて茹でガエルになる前に、勇気を持って一歩を踏み出してみよう。

 

 - 思考