賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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成果が出ない原因は多くの場合ただの作業量不足である

   

どんな分野にでも言える事だけど、「うまくいかないんです」「原因がわかりません」「アドバイスをください」などという切実な心の叫びは、実際のところ、たったひとつの真実を理解する事によって、全てが解決する。

 

その真実とは、すなわち、ただの作業量不足である。

 

どんな熟練者でも、一発で大当たりを引くなどという事はめったにない。そういったレベルの人々でさえ、新しく何かに取り組む際には少なからず試行錯誤が必要である。ましてや素人、初心者、駆け出しであれば言うまでもない。

 

本記事でいう作業量とは、すなわちその試行錯誤の回数のことである。多くの人は、この試行錯誤の回数が圧倒的に足りていない。もっと言えば、仮説を検証して修正していくという繰り返しに対するメンタル的な耐性が弱すぎる。

 

まあ、あらかじめ答えが決まっているような問題を決められた時間内に数多く解くことができれば褒められるという日本の茶番教育の弊害がやはりこういった局面でも出ているなあと改めて思う。そもそも、多くの人は自分で仮説を立てて検証するという体験すらあまりした事がないのではないか。

 

世の中で何かを成し遂げてきた人々というのは、ちょっと常識では考えられないレベルの試行錯誤を繰り返している。「1000回失敗したのではない。1000通りの実験データを得ただけだ」などという、子供の屁理屈じゃねえかよ……とツッコみたくなるような有名なセリフなどからも端的に理解できるように、その回数や労力が本当に尋常ではない。

 

こんな話をすると、多くの場合、結論は精神論になりがちで、結局のところ凡人は根性がないのがダメなんだからマインドセットをもっとしっかりとうんたらかんたら――みたいな話になりがちなのだけど、オレの感覚だとそれはちょっと違う。

 

むしろ、オレが思い描いているのは、どちらかと言えば、凡人の側にとってこそ救いとなるような結論である。こんな説教くさいブログを書いていながらオレだって当然ながら凡人の部類だろうし、そんなブログを読んでいるあなたもおそらく普通の一般人だろう。それで良いのである。

 

この論点におけるオレの中での結論は、「まだ試行錯誤を全然していないのだから成功しなくて当然だ」というある種の開き直りにも似た真実をフェアに理解することである。

 

つまり、成功できていないのはあなたに知識や能力が欠如しているわけでもないし、センスがないわけでもない。実は「どうしたら良いんでしょうか?」という悩み自体がそもそも本来は悩みでも何でもないのである。そんな悩みは存在しない。というより、適切な試行錯誤の過程を経ずして何かができるようになるわけはない。むしろ、できる方がおかしい。もしできたとするなら真の意味での天才か、そうでなければただのまぐれ当たりである。

 

何をするにも仮説の検証は必要だ。そのためのデータは多ければ多いほど良い。そのデータがきちんと集まってきて初めて成功や失敗を論じる資格を得る。その前の段階で何かを悩む必要はないのだ。

 

重要なのは、「なぜ上手くいかないんでしょうか?」などという疑問は持つ必要がないのだと理解する事である。

 

そこからが、すべての始まりではないだろうか。

 

 - 思考