賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

*

ゴスペラーズ『永遠に』歌詩の意味,解釈,考察

   

本記事は2013年4月に桐峰矜の別のブログ『キョウのゴスコトバ』に投稿された記事を移行させたものである。このブログ『賢哲なる恣意性』とはだいぶ文体などのテイストが違うけれども、せっかくなのでそのまま載せようと思う。

 

 

≪≪≪以下、本文≫≫≫

 

皆様こんにちは。

桐峰矜(きりみねきょう)です。

今回は、The Gospellers(ゴスペラーズ)の『永遠に』の歌詩について、私、桐峰矜の独自の視点から解釈と考察をしていきたいと思います。

皆様どうぞよろしくお願いします。

 

≪楽曲基本情報≫

『永遠に』(とわに)The Gospellers(ゴスペラーズ)
作詩:安岡優
作曲:妹尾武

曲の構成は、

Aメロ Aメロ サビ
Aメロ サビ
Cメロ サビ サビ
キャナルコーラス×2

といった感じです。

歌詩を引用する場合には、“二重引用符”を使います。
例 “あなたの風になって”

 

≪解釈&考察≫

さて、どこからいきましょうか。

 

これは直接歌詩の内容に関係があるわけではないですけど、ちょっとした背景の話から。

 

この『永遠に』は皆様ご存じのとおりゴスペラーズの14枚目のシングルなわけですが、この楽曲は11枚目のシングルである『あたらしい世界』以来の正統派ラブバラードということになります。

 

『あたらしい世界』の制作当時、「今回の曲は売れるようにプロの作詞家さんに依頼する」という話になり(作詞は康珍化さん)、その当時の安岡さんは、『自分が作詩したら売れないってことなのか……?』と思い悩むと同時に、『次にラブバラードを出すときには絶対に自分がいい歌詩を書いてやる!』という決意を新たにしたのだというエピソードがあります。(参考:書籍『ノーカット』)

 

こうして生まれた『永遠に』の歌詩。

 

確かに、そういった強い意志を感じさせる歌詩だと思います。

 

それでは歌詩の内容に。

 

まず、私がこの『永遠に』の歌詩に関して最も印象深いと感じた点は、1番2番ともに、サビ以外、つまりAメロの歌詩がすべて過去形というか回想のような表現になっている点です。

 

“今も覚えてる”
“抱きしめた温もりが残るよ”
“抱き合い誓った”
“あの夜の雨音が聞こえた”

 

などなど、基本的に今の、現在の出来事ではないんですよね。

 

これは一体なぜなんだろう、と考えました。

 

というのも、普通ラブソングって、今と、そして未来に向かっての内容を歌っているものが多いじゃないですか。

 

にもかかわらず過去形である。

 

そう考えると、この『永遠に』のまるで回想のような歌詩には何か明確な意図、というか狙いがあるということになりますよね。

 

そうでしょう安岡さん!!!(笑)

 

そこで私が思ったのは、この『永遠に』という曲は、今現在そばにはいない相手に対して歌っているのだということです。

 

このように書いてしまうと、最もイメージしやすいのは遠距離恋愛ということになってしまうのですが、なんというか、私のなかではこの『永遠に』は遠距離恋愛の歌という位置づけではないんですよね。

 

ゴスペラーズの楽曲で遠距離恋愛の歌と言えば、当然ながら『新大阪』がまず思い浮かぶと思うんですが、この『永遠に』はああいった方向性の内容とはちょっと違いますよね。

 

なんというか、これはPVも含めての印象になってしまうんですけど、どこか、「非現実的な愛」を歌っているような感じがします。

 

もしくは「実在しない愛」、「ファンタジー的な愛」ともいえると思います。

 

もっと妄想(笑)を膨らますのならば、歌詩の世界における主人公とヒロインは物理的には会うことができないとも考えられます。

 

たとえば、平行世界、別の時間軸、現実世界とファンタジー世界、などなど。

 

だからこそ、

“あなたの風になって すべてを包んであげたい”

という、この『永遠に』のなかで最も印象的な歌詩は、なんというか非常に、押しつけがましさがない、と思います。

 

もっと言えば、

よくこのフレーズを思いついたな!!!

と感じます。

 

まあ、安岡さんの作詩力の高さは皆さんすでにご存知のとおりですが(笑)

 

自分自身は相手に対して直接的には何もしない、というか、“包んであげたい”というあくまで感情表現にとどめているんですよね。

 

この圧倒的な、遠くから見守ってる感。

 

それは、Aメロの、“形のないものなら 壊れはしないと”などのフレーズにも暗示されているように思います。

 

サビの後半部分は、まさにタイトルどおり『永遠に』というフレーズも含まれていて、時間的な意味だけではなく距離的な意味でも「永遠」という概念を繰り返し表現していると感じます。

 

非常に日本語自体の使い方が美しいですし、これは『永遠に』に限らずゴスペラーズの多くの楽曲に言えることですが、メロディとの相性が素晴らしいと思います。

 

日本語が本来持っているリズムに非常に寄り添った音程ですよね。

 

これで多くの楽曲は作曲が先だというのですから更にすごい!

 

さて、Cメロの歌詩ですが、というか歌詩に限らずメロディもですが、ここがこの『永遠に』で一番のハイライトですよね。

 

ここもまた表現が非常に美しいですよね。

 

“想いを空に広げて”なんて、すごくないですか?

 

本来、“飛んでゆくよ”なんてフレーズがラブソングの歌詞にあったらちょっとクサすぎると思うんですよね(笑)

 

しかし、ひとつ前ですでに聴き手は「翼」をイメージさせられてしまっています。

 

だからこそ“飛んでゆくよ”が違和感なくすんなり心に響くと思うんです。

 

まあ、これは私の解釈ですので、安岡さんがそのような効果を狙って作詩したかどうかはわからないですけどね(笑)

 

そしてここでも、“同じ気持ちでいるなら”という、あくまで押しつけがましくない。

 

非常に爽やかな歌詩だと思います。

 

村上さんの作詞だったらこうはいかない気がします(笑)

 

この『永遠に』という楽曲はラストが少し特徴的で、CDをお持ちの方はご存知かと思いますが、全編を通してリードヴォーカルである黒沢さんの歌うパートがキャナルコーラスの一回目では歌詩表記から消えてしまうんですよね。

 

まあ、でも普通に聴けば誰でも聴き取れますし、内容もこれまでのサビとほとんど同じだと思うので問題ないですね(笑)

 

キャナルコーラスの部分に関しては、二回目から北山さんが難しいハモリのパートに移行するというのが一番の聴きどころですかね。

 

って、これ歌詩と関係ないですけど(笑)

 

そんなわけで、『永遠に』の歌詩を私なりに解釈し、考察してみました。

 

いかがでしたでしょうか。

 

これからもゴスペラーズの数多くの楽曲の歌詞(歌詩)を幅広く独自の視点で解釈&考察していきたいと思います。

 

今回は最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

“愛しい人よ”

 

桐峰矜

 

≪≪≪以上、本文≫≫≫

 

 - 音楽