賢哲なる恣意性

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ゴスペラーズ『星屑の街』歌詩の意味,解釈,考察

   

本記事は2013年4月に桐峰矜の別のブログ『キョウのゴスコトバ』に投稿された記事を移行させたものである。このブログ『賢哲なる恣意性』とはだいぶ文体などのテイストが違うけれども、せっかくなのでそのまま載せようと思う。

 

 

≪≪≪以下、本文≫≫≫

 

皆様こんにちは。

桐峰矜(きりみねきょう)です。

今回は、The Gospellers(ゴスペラーズ)の『星屑の街』の歌詩について、私、桐峰矜の独自の視点から解釈と考察をしていきたいと思います。

皆様どうぞよろしくお願いします。

 

≪楽曲基本情報≫

『星屑の街』The Gospellers(ゴスペラーズ)

作詩・作曲:北山陽一、安岡優

曲の構成は、

Aメロ Aメロ Bメロ サビ
Aメロ Bメロ サビ サビ

といった感じです。

歌詩を引用する場合には、“二重引用符”を使います。
例 “あの日見上げた星空より高く”

 

≪解釈&考察≫

この『星屑の街』という曲は本当に、ゴスペラーズのデビューからこの当時までを振り返って、最初はなかなか芽が出なかったけれど、『永遠に』や『ひとり』といった楽曲によってブレイクすることができて、そこに至るまでずっと信念を持ってやってきてよかったという彼らの切実な想いが非常にリアルに描かれている曲だと思います。

 

歌詩を字面的にみると、ちょっとファンタジー的な要素を感じるかもしれませんが。

 

というのも、『星屑の街』ってかなり夢のあるモチーフだと思うんですよね。

 

私の解釈では、夜空に見える幾つもの星の輝きが街の夜景のように感じられるというところからこの『星屑の街』という表現に行き着いたのではないかな、と勝手に想像しています。

 

しかし、この『星屑の街』という曲、実はかなり解釈のしがいがある曲なんです。

 

ちなみに、上にも書いてますが、この『星屑の街』は、ゴスペラーズの楽曲の中では比較的珍しく、

作詩・作曲:北山陽一、安岡優

という表記がされています。

 

通常であれば、この二人が組むんだったら、

作詩:安岡優
作曲:北山陽一

っていう組み合わせがまず思い浮かぶと思うんですが、どうもこの『星屑の街』の場合は、歌詩もメロディも二人の共作ということらしいんですよね。

 

しかし、我々ファンの側からすると、このように共作だと表記されてしまうと、どの部分を誰が創ったかわからないというもどかしさがありますよね(笑)

 

それはさておき考察へ。

 

まず最初の、

“探してた明日が”

というのは、ゴスペラーズとして、かつて思い描いていた未来の姿だとおもいます。

 

だからこそ、彼らの音楽の在り方が正当に評価されるようになったという意味で、その未来の姿が、

“今ここにあるよ”

なんだと思います。

 

“追いかけてた昨日を 塗り替えながら”

 

という表現は、かつて目指していたレベルをもっともっと上回ることができたという、自信と達成感のようなものを感じます。

 

Aメロの2回目も、非常に自信に満ちた内容だと思います。

 

“二度とは帰らない 今日だっていいよ”

今このときのブレイクがずっと続くわけじゃなくても、

“描いてた未来の地図も生まれ変わるさ”

これからやっていけることはいくらでもある。かつてよりも何倍も世界が広がっている。そんな内容だと思います。

 

そして、私が個人的にこの『星屑の街』で最も印象深い歌詩だと感じたのはBメロですね。

 

“大丈夫 ずっとこの歌を歌いながら”

 

この“大丈夫”という表現は、なかなか芽が出なくて不安も少なからずあったであろう当時の自分たちへのメッセージなのだと思います。

 

そして、ここでの“この歌”とは『星屑の街』自体のことではなくて、デビューからブレイクするまでのゴスペラーズの楽曲すべてを指しているのではないかなと思っています。

 

なぜそう思うのかというと、たとえば、『永遠に』や『ひとり』や、この『星屑の街』のようにもう立派に世の中に認められている楽曲のことだったら、わざわざ自分たちに大丈夫だと言い聞かせる必要がないと思うんですよ。

 

ですので、やはりこれはかつてのブレイク前のゴスペラーズに向けて歌っている内容なのだと思います。

 

“大丈夫 ずっとこの歌とここまで来たよ”

 

そして、そんなかつての楽曲たちを大事にしてきたからこそ、このような「高み」にまで来ることができたのだと、そんな強い想いを感じます。

 

そしてサビへ。

 

まあ、この『星屑の街』という楽曲は、全編を通して描きたいテーマというかメッセージのようなものがかなり一貫していてブレがないので、解釈していくと結局同じことの繰り返しになります。

 

“あの日見上げた星空より高く”

つまり、かつて思い描いていたよりも高いレベルに

“夢で想うより遥か遠く”

これも同じですよね。

 

“今夜連れてゆくよ ごらん 星屑の街へ”

そして、ここからはゴスペラーズから我々ファンに向けてのメッセージになっていると思います。

 

つまり、この当時まで応援してくれていた人たちに対して、「もっとゴスペラーズは高みにのぼっていくからこれからも期待していてくれ!」といった感じのさらなる決意表明のように感じます。

 

さて、2番へ。

 

どちらかというとこれまでのゴスペラーズを振り返るような内容がメインだった1番とは違って、今度は未来に向かっての内容になっていると思います。

 

“この夜を越えたら また何処へ行こう”

 

今このブレイクしている時代の流れが永遠ではないとわかっているからこそ、未来に向けて、次はどんなアイデアを仕掛けてみようか、という確かな自信に裏打ちされた「ワクワク感」のようなものを感じます。

 

“光も時も追い越して 巡り会うから”

 

この部分はちょっと解釈が難しい気もしますが、まあ無理やり解釈するなら、「ゴスペラーズの音楽にいつか時代が追い付いてくるぜ!」といった感じでしょうか。

 

いや、まあ、ここに関してはあまり自信がないですけど(笑)

 

さて、Bメロへ。

 

“大丈夫 きっとこの歌がいつの日にも”

 

やはり1番とは違って未来志向ですね。

 

ここでの“大丈夫”は未来のゴスペラーズに向けてのメッセージだと思いますし、ここでの“この歌”はそれこそ『永遠に』や『ひとり』や、この『星屑の街』、そして、未来におけるゴスペラーズの楽曲(『ミモザ』や『一筋の軌跡』など)も含んでいるのだと思います。

 

実際、“いつの日にも”という言葉のとおり、近年のライブでもこれらの楽曲は数多く歌われることが多いように思います。

 

“大丈夫 きっとこの歌は街のどこかで”

 

これは単純に売れてくればメディア露出が増えて結果的に店内BGMなどでかかったりするので、まあわかりやすいと思います。

 

2番のサビは結構、特徴的な歌詩だと思います。

 

サビの最初と最後は同じですけど、途中の、

“いつか眠りゆく 更に遠く”
“誰も独りじゃない”

の部分が特に。

 

これは、もっともっと時が経って、ゴスペラーズが終わる時が来たとしても、5人は5人であり、その時まで誰も欠けることはないという意志の表れなのではないかなと思います。

 

そして最後のサビでは、1番の“夢で”の部分が“君が”に変わっています。

 

これは、単純に「我々の“夢で”思い描いていたよりも」という表現と、「“君が”想像で思い描いていたよりも」という表現の対比ですね。

 

ファンを非常に大事にするゴスペラーズらしい表現だと思います。

 

この『星屑の街』という楽曲は、ゴスペラーズ全体としての想いを歌っている楽曲なので、5人で歌い紡いでいくというスタイルが非常にマッチした楽曲だと思います。

 

そんなわけで、『星屑の街』の歌詩を私なりに解釈し、考察してみました。

 

いかがでしたでしょうか。

 

これからもゴスペラーズの数多くの楽曲の歌詞(歌詩)を幅広く独自の視点で解釈&考察していきたいと思います。

 

今回は最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

“ごらん 星屑の街へ”

 

桐峰矜

 

≪≪≪以上、本文≫≫≫

 

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