賢哲なる恣意性

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ゴスペラーズ『終わらない世界』歌詩の意味,解釈,考察

   

本記事は2013年4月に桐峰矜の別のブログ『キョウのゴスコトバ』に投稿された記事を移行させたものである。このブログ『賢哲なる恣意性』とはだいぶ文体などのテイストが違うけれども、せっかくなのでそのまま載せようと思う。

 

 

≪≪≪以下、本文≫≫≫

 

皆様こんにちは。

桐峰矜(きりみねきょう)です。

今回は、The Gospellers(ゴスペラーズ)の『終わらない世界』の歌詩について、私、桐峰矜の独自の視点から解釈と考察をしていきたいと思います。

皆様どうぞよろしくお願いします。

 

≪楽曲基本情報≫

『終わらない世界』The Gospellers(ゴスペラーズ)

作詩:安岡優
作曲:村上てつや

曲の構成は、

イントロ
Aメロ サビ
Aメロ サビ
Cメロ サビ サビ

といった感じです。

歌詩を引用する場合には、“二重引用符”を使います。
例 “もういいかい まだだよ”

 

≪解釈&考察≫

さて、ゴスペラーズ8枚目のシングルである『終わらない世界』です。

 

意外や意外、シングル曲で全編通してアカペラの楽曲というのはこの『終わらない世界』が初めてなんですよね。

 

まあ、厳密に言うと完全にアカペラとは言えないという考え方もありますが(笑)

 

そんな『終わらない世界』、非常にメッセージ性の強い歌詩になっていると思います。

 

まずはイントロから。

 

“何か求めて 走り出す”

このフレーズ単体だけだとどのようにも解釈できると思うんですが、

“ブルーグレイの 永遠に終わらない世界へ”

というフレーズと繋がることによって、 ゴスペラーズが目指す「音楽」という“永遠に終わらない世界”のなかで、 まさに、“何か求めて 走り出す”という、なにか初期衝動のようなものを思い起こさせてくれるような表現になっているのだと気付くことができると思います。

 

まあ、“ブルーグレイ”の部分に関してはあまりよくわからないですけど(笑)

 

ちなみに、これは完全な余談ですが、『終わらない世界2009』を聴いてからこの部分を聴いてしまうと、なにか非常に物足りない感じを受けてしまいます(笑)

 

さて、Aメロへ。

 

“辿り着いた このステージでさえも”

ゴスペラーズとして無事にデビューすることができ、ステージで歌うというひとつの段階に辿り着くことができたけれど、

“それ以上の夢を見た”

まだまだ満足なんてしていなくて、もっともっと成し遂げたい想いがたくさんあるのだという強い意志を感じる歌詩ですね。

 

そして、この曲はAメロがとても短いのですぐにサビが来ます(笑)

 

“もういいかい まだだよ”

 

ここも内容は続いていますよね。

 

まだまだ全然満足する気なんかない、そして、我々ファンに対しても、まだまだゴスペラーズはこんなものじゃないという訴えかけにも思えます。

 

しかし、音程の関係上どうしても「もう一回」と聴こえてしまうというのは、密かにゴスマニあるあるなのではないかと思っています。あれ、私だけ?(笑)

 

まあ、それはさておき続きです。

 

“答えは 終わらない物語は 今 見つけたばかり”
“空を蹴って 高く 飛べるよ”

 

「もういいのか」あるいは「まだなのか」 、その“答えは” 、つまり、ゴスペラーズが歩んでいく物語はまだ始まったばかりだということですね。

 

って、こう書いてしまうと、連載作品の打ち切りみたいになってしまいますがそういうことではなく(笑)

 

だからこそ、もっと高みを目指していけるのだという強い想いが表されています。

 

さて、2番へ。

 

“一秒ずつ 自分を好きになれたら”
“あなたにも 届くはず”

 

ここの歌詩は個人的にとても好きですね。

 

これは、私の持論なんですが、いわゆるすべてのコンテンツものにおいて、 「自己満足こそが最高の価値」だと思っています。

 

まあ、この一文だけだとちょっと誤解を招きそうなので少し説明すると、伝えたい相手のことを考えすぎるあまり、自分が本当に伝えたいことはなんだったのか見失ってしまっては本末転倒ですよね、ということです。

 

なんというか、自分が心の底から最高だと思えるものを世に出すことがやはり最高の喜びだと思いますし、その一点がブレてしまったら、もはや何のためにやっているのかわからなくなってしまいますよね。 ということを言いたかったんです(笑)

 

そういう意味では、この部分の歌詩は非常に共感できるものがありました。

 

そしてサビへ。

 

“もういいかい まだだよ”
“言葉は 終わらない 痛みも喜びも 感じてるなら”
“次の場所へ 高く 飛べるよ”

 

最初のフレーズは1番と同じで、今度はその次が、“言葉は”になっています。

 

この“言葉”というのは、「伝えたいメッセージ」ぐらいの意味だと思います。

 

それが“終わらない”

 

つまり、ゴスペラーズとして、あるいは作詩者である安岡さんとして、 伝えたいことは無限にあるのだということだと思います。

 

そして、酸いも甘いも(つまり、“痛みも喜びも”)経験しているからこそ、 次のステージへとどんどん進化していけるということなのだと思います。

 

Cメロへ。

 

“例えば 答えがほしい時は”
“鏡の 自分を見つめて”

 

このあたりのフレーズは、どうしても北山さんの低音に全部持って行かれてしまう感がありますが(笑) 歌詩の方もかなりメッセージ性の強いことを言っていると思います。

 

つまり、悩んだり迷ったりしたときに、結局、答えというのは自分の中にしかない。

 

というか、自分で出した答えが結局最良であるというのは私も共感するところです。

 

“今も 今も 僕は輝いているかい”
“明日の僕には きっと かなわないけど”

 

ここに関してはもう説明不要だと思います。

 

負けました!

 

という感じですね(笑)

 

そして最後のサビへ。

 

最初のフレーズはもう全部同じですね。

 

そして、

“今夜も 終わらない声が呼びかける”
“「星空高く 飛べるかい?」”

ここは結構注目すべきところで、 この時点では当然ながら知る由もないことですが、 今思えば、『星屑の街』における、“あの日見上げた星空”とは、ここの部分のことだったのかもしれません。

 

という夢のある深読み(笑)

 

そしてラストは、 「ずっと(“世界の果てまで 連れてゆくから”)ゴスペラーズについて来い!」 というお馴染みのメッセージで終わるわけですね。

 

非常にエネルギー感のある、ライブでの始まりの歌としてふさわしい楽曲だと思います。

 

そんなわけで、『終わらない世界』の歌詩を私なりに解釈し、考察してみました。

 

いかがでしたでしょうか。

 

これからもゴスペラーズの数多くの楽曲の歌詞(歌詩)を幅広く独自の視点で解釈&考察していきたいと思います。

 

今回は最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

“もっと 高く 高く 飛べるよ”

 

桐峰矜

 

≪≪≪以上、本文≫≫≫

 

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