賢哲なる恣意性

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ゴスペラーズ『讃歌』歌詞の意味,解釈,考察

   

本記事は2013年4月に桐峰矜の別のブログ『キョウのゴスコトバ』に投稿された記事を移行させたものである。このブログ『賢哲なる恣意性』とはだいぶ文体などのテイストが違うけれども、せっかくなのでそのまま載せようと思う。

 

 

≪≪≪以下、本文≫≫≫

皆様こんにちは。

桐峰矜(きりみねきょう)です。

今回は、The Gospellers(ゴスペラーズ)の『讃歌』の歌詞について、私、桐峰矜の独自の視点から解釈と考察をしていきたいと思います。

皆様どうぞよろしくお願いします。

 

≪楽曲基本情報≫

『讃歌』The Gospellers(ゴスペラーズ)

作詞:酒井雄二
作曲:酒井雄二

曲の構成は、

イントロ
Aメロ サビ
Aメロ サビ
Cメロ サビ

といった感じです。

歌詞を引用する場合には、“二重引用符”を使います。
例 “誰でもが きっとそうさ”

 

≪解釈&考察≫

さて、ゴスペラーズ35枚目のシングル『宇宙へ ~Reach for the sky~』のカップリング曲である『讃歌』です。

 

この『讃歌』はすでにアルバム『FIVE KEYS』に収録されている『讃歌(Live)』という楽曲のスタジオ収録版といった感じになっています。

 

『讃歌(Live)』の方ではイントロの部分がカットされていますが、今回、晴れて完全収録となっていますね。

 

この『讃歌』という楽曲の歌詞は、なんというか非常に、胸に突き刺さるものがありますよね。

 

誰もが夢を見ているけれど、それが叶うのは本当に一握りで、届かない夢を追い続けたり、己の限界を悟って希望を失ってしまったり、過去の栄光に縋ってみたり、いつしか夢を諦めて消えていってしまったり、そんないくつも起こりうる現実を突きつけられても、まさに、“心のどこかで誰もみな”夢を願ってしまうという、痛いほど真に迫った内容だと思います。

 

普段は他の誰よりもふざけまくっている酒井さんですが(笑)ときどき、こういったドキッとさせられる曲を書いてくるので本当に侮れません。

 

いや、もとより侮ったことなどありませんが(笑)

 

さて、そんな感じで順番に歌詞を見ていきましょう。

 

“まるで祈るように まなざしを上げるとき”
“その 胸の奥を よぎるものは何か”

 

イントロから早くも、この曲では非常にシリアスなテーマを扱うんだという感じがひしひしと伝わってきます。

 

続いてAメロへ。

 

“一世一代のロマンスを 希代の名曲を”
“心のどこかで誰もみな 淡く強く願ってる”

 

まず、ここでいう“ロマンス”とは、「恋物語」という意味も当然あるとは思いますが、「人生における劇的なエピソード」という意味も含んでいるのだと思います。

 

というのも、「ロマンス(romance)」という言葉を辞書で引くと、まず最初に、

「空想的、冒険的、伝奇的な要素の強い物語」(出典:デジタル大辞泉)

と出てきます。

 

意外や意外、「恋物語」という意味は2番目なんですね。

 

つまり、この歌詞は、一生に一度あるかないかというレベルの劇的な物語や、戯曲などで描かれるような類まれな体験を、人は誰でも、無意識のうちに望んでいるのだということだと思います。

 

……深すぎる。

 

そして、サビへ。

 

“誰でもが きっとそうさ”
“待ってるのさ まだ見ぬ”
“その瞬間を 君もそうさ”
“待ってるのさ 待っているのさ”

 

Aメロで言っていたような、劇的な人生というものを未来に思い描いているという、まあ、割と理解しやすい歌詞だと思います。

 

2番へ。

 

“前代未聞の新記録を”
“不意に降り注ぐスポットライトを”
“いつとも知れない その瞬間は”
“たった一度だけ訪れる”

 

今度は1番とは少し方向性が違って、数少ないながらも、チャンスはみな平等に与えられている、というメッセージが込められているのだと思います。

 

そして、ここからはある種の深読みですが、暗に、そのチャンスを多くの人は掴めていない、ということも言いたいのだと思います。

 

だからこそ、サビで、

“この先に 目指す方に”
“待ってるのか それとも”
“あの先に 過ぎた方に”
“待ってたのか 待っていたのか”

どこにチャンスがあったかはわからないという意味の歌詞になっているのだと思います。

 

そして、なんといっても最も胸にくるのはCメロですよね。

 

“今すれ違った人でさえも そんな日を夢見て歩いている”

 

これは、どんな赤の他人だってそれぞれの人生の中で何かしらの夢を見ているのだという意味ですね。

 

“道なき道へ分け入る人も有る”

そして、不可能に近い困難な夢を追う人もいたり、

“行き止まりで 立ち尽くす人も有る”

致命的な壁に突き当たってどうにもならなくなってしまったり、

“いつのまにか 全てを見失い”
“うしろばかりを振りかえる人も有る”

未来に希望が持てなくなって、過去に縋るしかなくなってしまったり、

“いつからか緩やかにカーブを抜けて”
“離れていく人も有る”

いつしか夢見ることもやめてしまったりといった人も当然ながらいるということですよね。

 

“でも それでも”

 

最後のサビでは、やはり、心の奥底では誰もが夢を捨てることなどできないのだという強い想いが表されていますよね。

 

この『讃歌』という楽曲は、結局全体として、前向きなのか後ろ向きなのかという部分は、聴く人によって解釈が結構わかれると思います。

 

しかし、私の中でひとつの答えを出させていただくと、まず、タイトルが『讃歌』であるという点が最大の理由なのですが、トータルで見れば前向きな歌なのだと思います。

 

結局、どんなに夢を追うことが困難であっても、夢を追うことそれ自体は非常に素晴らしいことであって、歌詞の中でもそのことを否定するような内容は全くないですよね。

 

まあ、このあたりは、私が元来プラス思考だからそのような考えに至るのだという可能性も多分にあるような気がしますが、まあ問題ないでしょう。

 

そんなわけで、『讃歌』の歌詞を私なりに解釈し、考察してみました。

 

いかがでしたでしょうか。

 

これからもゴスペラーズの数多くの楽曲の歌詞(歌詩)を幅広く独自の視点で解釈&考察していきたいと思います。

 

今回は最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

“待っているのさ”

 

桐峰矜

 

≪≪≪以上、本文≫≫≫

 

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