賢哲なる恣意性

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ゴスペラーズ『カレンダー』歌詩の意味,解釈,考察

   

本記事は2013年5月に桐峰矜の別のブログ『キョウのゴスコトバ』に投稿された記事を移行させたものである。このブログ『賢哲なる恣意性』とはだいぶ文体などのテイストが違うけれども、せっかくなのでそのまま載せようと思う。

 

 

≪≪≪以下、本文≫≫≫

皆様こんにちは。

桐峰矜(きりみねきょう)です。

今回は、The Gospellers(ゴスペラーズ)の『カレンダー』の歌詩について、私、桐峰矜の独自の視点から解釈と考察をしていきたいと思います。

皆様どうぞよろしくお願いします。

 

≪楽曲基本情報≫

『カレンダー』The Gospellers(ゴスペラーズ)

作詩:安岡優
作曲:寺田一郎

曲の構成は、

サビ
Aメロ Bメロ サビ
Aメロ Bメロ サビ
Cメロ サビ サビ サビ(フェードアウト)

といった感じです。

歌詩を引用する場合には、“二重引用符”を使います。
例 “Shining Girl 光る波にその姿”

 

≪解釈&考察≫

さて、ゴスペラーズ5枚目のシングルである『カレンダー』です。

 

『約束の季節』や『風をつかまえて』とはまたタイプの違う、爽やかさと切なさと熱さが入り混じった夏の歌といった感じですね。

 

ちょっと年代が昔なのでサウンド的になんとも「惜しい」感じの楽曲なのですが、今風のサウンドでリメイクでもしたら非常にかっこいい曲になるのではないかなと思ったりします。

 

さて、では内容に。

 

“Shining Girl 光る波にその姿”
“反射しだし 駆け出してく君を”
“Shining Love いつか抱きしめてみたくて”
“忘れてきた 夏が始まる”

 

オープニングから、なんというキラキラ感!

 

ちなみに、“反射しだし”は「うつしだし」と読みますね。

 

しかし、全編通して聴くと、意外と胸にくるものがあります。

 

まず、時系列的には、前半の“君”は一年前の“君”のことですよね。

 

きっと、この『カレンダー』の主人公は一年前の夏以来会っていないヒロインのことを今でも頭の片隅では想っていたということでしょう。

 

そして、なんとなく想いが通じ合っていながら、何らかの理由で離れてしまっていたと。

 

だからこそ、“忘れてきた 夏が始まる”というわけですね。

 

“奇跡のようさ こんな偶然は”
“今年かぎりの 蜃気楼でもいいよ”

 

“こんな偶然”ってどんな偶然やねんッ!

 

と、慣れない関西弁でツッコミしたくなるのをぐっとこらえます(笑)

 

この歌詩があることによって、逆説的に、奇跡のように偶然再会したのだとわかるという、なかなか珍しい表現ですよね。

 

そして、ある意味、夏の季語ともいえる“蜃気楼”。つまり、現実にあるように見えるけれど、実は触れることはできない、もしくは、追えば逃げていく虚像という意味合いもうまく重ね合わせた言葉です。

 

“ああ 去年より 華やいだ君を見つけた”
“チャンスを 逃したりしない”

 

若い女性は一年ぐらいでいきなりオシャレになったりしますよね。

 

そうすると必然的にライバルも多くなると(笑)

 

まあ、単純にまた偶然会えたからというのもあるでしょうけど、だからこそ、“チャンスを 逃したりしない”というわけです。

 

というか、それなりに良好な関係だったにもかかわらず、なぜ一年も会っていないのかというと、この当時は携帯電話がまだあまり普及していなかったからというのが大きな理由の一つではないでしょうか(笑)

 

なんといっても1996年ですからね。

 

とか偉そうなこと言ってますけど、この当時、私はまだゴスペラーズの存在を知りませんでした。

 

まあ、それはさておきサビです。

 

“Shining Girl 陽射し浴びて その姿”
“目を奪う 街ゆく誰よりも”
“Shining Loveだけど 目をふせているのは”
“僕の思い過ごしだけかい”

 

さすが、一年経って華やか度がアップしたヒロインは注目の的なわけです。

 

しかし、後半では、ちょっと暗雲が立ち込めていますね。

 

この『カレンダー』は安岡さんの作詩のなかでは珍しく、サビでもストーリーが続いています。

 

他の多くの安岡さんの歌詩では、AメロやBメロでストーリーを展開させて、サビは、全体的な世界観創りのためのフレーズがくることが多いと思うんですけど(例えば、『誓い』や『ミモザ』や『陽のあたる坂道』などがそうですね)、この『カレンダー』では、リアルな情景描写がサビでもされていますね。

 

さて、それでは2番へ。

 

“まだ約束を 覚えてるかい”
“あの日の海に 連れていってあげるよ”

 

切ないですね。

 

これは一年前に叶えられなかった約束なわけですよね。

 

“あの日の海”という表現がまた絶妙にいい味を出していると思います。

 

あくまで、現在の新しい約束としての「海に行こう」ではなくて、一年前からの二人の関係性があるからこその表現だと思います。

 

“ああ 笑顔だけ 別れ際 残して消えた”
“時間を 塗りかえてみたい”

 

どういう事情でこのような切ない別れに至ったのかという部分の描写がありませんが、とにかく、去年の未完成だった関係の続きを上書きしたいということですね。

 

そして、サビへ。

 

ここのサビは、最初のサビとほとんど同じで、最後のフレーズだけが、“一年越しの夏さ”に変わっています。

 

まあ、意味はほとんど変わらないですよね。

 

そして息つく間もなくCメロへ。

 

“涙の理由(わけ)を 話せる時が来たら”
“約束は 何もできなくても”
“今日の二人は きっと嘘じゃないから”
“風が消した 声を届ける”

 

泣けるッ!!!

 

ここが、私の中ではこの『カレンダー』の歌詩のなかで一番のハイライトです。

 

このCメロはちょっと完成度が高すぎて、私が何か述べるというのがはばかられる気がします。

 

完全に負けました!(安岡さんに勝てると思っているのかw)

 

そして、このあとは最後のサビですが、細かいところで微妙に歌詩が違いますね。

 

最初は、“忘れてきた 夏が始まる”

2番が、“一年越しの夏さ”

そして、最後のサビでは、“今 始まる季節さ”になっています。

 

まさに、過去・現在・未来と、順を追って二人の関係をとらえています。

 

最後のサビの2回目以降は、今まで出てきた歌詩が繰り返されながらフェードアウトしていきます。

 

そんなわけで、『カレンダー』の歌詞を私なりに解釈し、考察してみました。

 

いかがでしたでしょうか。

 

これからもゴスペラーズの数多くの楽曲の歌詞(歌詩)を幅広く独自の視点で解釈&考察していきたいと思います。

 

今回は最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

“一年越しの夏さ”

 

桐峰矜

 

≪≪≪以上、本文≫≫≫

 

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