賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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「好き」だけで充分に食べていけるだけの市場規模

   

友達が欲しいと思ったら、君はどうするだろう。

 

とりあえず、もし君が小学生だったら、同じクラスで仲良くなれそうな人に話しかけてみるよね。

 

あるいは、地域のサッカークラブや野球チームに入れば、そこでも友達ができるかもしれない。

 

中学生だったらどうだろう。

 

今度は、近所のいくつかの小学校から生徒が集まってくるから、もっともっと友達が増えるかもしれない。

 

それに、中学校ともなれば、部活なんかも本格的になってくる。

 

そういう限られた時間の中で、何かを一緒に頑張った仲間っていうのは、きっと一生ものの宝物になるんじゃないかな。

 

じゃあ、高校はどうだろう。

 

中学校よりもさらに生徒数は増えるから、もっとたくさんの人と出会えるだろう。

 

もし、受験勉強なんかを一緒に頑張ったとしたら、それまで以上に絆も深まると思う。

 

人によってはアルバイトをして、そこでも新たに仲良くなれる人がいるかもしれない。

 

もし君が、高校には進まずに、大人達に混じって働き始めたとするなら、それはもっとすごい経験だ。

 

何より、ほとんどの人ができない若さで、仕事に関する人間関係を体験する事ができる。

 

大学なんてもっとすごい。

 

高校までとは比べ物にならないくらい、いろんな人がいる。

 

それぞれの授業でメンバーが全然違うし、部活やサークルも無限にある。

 

そして、社会人としてのキャリアが始まると、もっともっと世界が広がっていく。

 

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さて、こんな茶番はこれくらいにしておくとして。

 

これまでのように、物理的な距離による制約というものが人間関係のかなりの部分に極めて決定的な影響を与えていた時代が確かにあった。けれども、この現代において、もはや人間関係は生まれ育った場所の制約をほとんど受けなくなった。

 

このインターネットという恐ろしい世界ができたおかげで、その気になればどこの誰であろうと簡単にコミュニケーションを取る事ができる。これは、現実として幼少期を過ごした場所での人間関係に満足できなかった人々にとっては極めて切実な救いである。

 

どんな人間であれ、よっぽど悪意100%のクソ野郎でない限りは、世界の(日本のでも充分だが)誰かは絶対に好きになってくれる。その前提があるからこそ、自分自身の偽らざる感性というものをこの世界に真っ正面からぶつけてみる事でどこかの誰かが必ず評価してくれる。

 

重要なのは、心の底から、自分の感性を吐き出すことだ。そして、一度や二度で簡単に心が折れてはいけない。そもそも初めは顔も名前も、何者なのかさえも知らない人間なのだ。やはりそこは、繰り返し、繰り返し、オレはここにいるんだと言い続けるのである。

 

本気で「好き」を貫き続ければ、それだけで充分、食べていくに困らないレベルの評価、(欲しければ)知名度、報酬というものが得られるはずだ。

 

だからこそ、今日も私は、こういう理屈っぽい話を面白おかしく語り合いたいという同志を求めて、この広い海の片隅で叫んでいるのである。

 

 - 人生設計