賢哲なる恣意性

桐峰矜公式ブログ

  

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上から目線がムカつく理由

   

いわゆる偉そうな言い方というのが何故「偉そう」だと感じるのかと言えば、聞き手の側から見て、単純にその発言者を偉いと思っていないからであろう。他人を評価する際の基準というのは本当に人それぞれであって、一概にどんな人が偉そうでどんな人が偉そうでないかというのは客観的には判断できないが、いずれにしても、発言に実力や実績が伴っていない場合に(もっと言えば、そのように相手に認識されてしまった場合に)聞き手には「偉そうだな」という認識が生まれる。

 

考えてみればこれは当たり前で、人間は情報を受け取る際に、その情報それ自体だけを純粋に受け取っているわけでは別になくて、その情報が発された文脈や媒体、そして発言者に対する信頼なども全て含めた総合的な印象というものが漠然と残っていくのである。これはインテリジェンス能力が低ければ低いほどこの傾向は強い。そして多くの一般大衆はほとんどがこのザマであるからこそ、いったい何が仕事なのかわからないようなタレントやコメンテーターのようなポジションが成り立つのである。

 

それはともかく、相手からこいつは大したことがないと認識されてしまうと、少しでも上からモノを言おうものなら「偉そうだ」と思われてしまう。だからこそ、現実として自分の実力を高めていく事はもちろん不可欠なのだけど、ある程度、他人から無駄に舐められることがないように自分を演出するというのも選択肢の一つとして持っていると有利になるかなと思う。

 

自分がきちんと認めた相手からなら、不思議と何をどう言われてもあまり偉そうだとは思わないものなのである。たとえそれが完全に錯覚だとしてもである(笑)

 

 - 思考